アジュバント(Adjuvant)とは、ラテン語の「助ける」という意味をもつ ‘adjuvare’ という言葉を語源に持ち、ワクチンと一緒に投与して、その効果(免疫原性)を高めるために使用される物質のことです。
あくまでもワクチンの効き目を高めるためのものなので、アジュバントだけを投与してもワクチン効果は得られません。
抗原の一部の成分を精製して接種するワクチンは一般的に効き目が弱いのでアジュバントの添加が必要です。
アジュバントの歴史は 80 年以上とそれほど新しくありません。20世紀初め、天然痘や狂犬病、コレラなどのワクチンはそれだけで十分効果のある弱毒生ワクチンや細菌の死骸を用いたワクチンでしたが研究中であった不活化ワクチンに近いトキソイドはワクチン効果が低いという課題がありました。そこで、試行錯誤にさまざまな物質を添加して調べられ、1920年代にミネラルオイル、アルミニウム塩、微生物由来成分がアジュバントとして見出されました。それ以後、アルミニウム塩は何十年もアジュバントとして臨床で使用されています。
一方で、なぜアジュバントが効くのかといったことは不明のまま経験的なワクチン開発が続き、新しいアジュバントが認可されることはしばらくありませんでした。しかし、1990年代に入り、免疫学や微生物学の研究、特に 2011 年ノーベル医学生理学賞が授与された自然免疫、樹状細胞の研究が起爆剤となり、アジュバントに関する研究成果が次々に明らかになりました。そのため以前は経験的に行われていたアジュバントの開発が、分子から生体のレベルにいたるまで科学的なアプローチが可能となり、今では世界中で多種多様なアジュバントが開発されています。
アジュバントには、ワクチンの効き目を高める働きがあります。
生ワクチンやそれに準ずるワクチンが主として用いられていた時代にはワクチン自体が十分な効果が得られていたので、原則的にアジュバントは必要とされませんでした。しかしトキソイドワクチンや、1980年代から登場した病原体そのものでなく、その一部の成分を抗原としたサブユニットワクチンにおいては、ワクチン単独では効果が十分ではないため、アジュバントの添加が必要となります。ワクチンの安全性が追求される現代において、ワクチン開発は安全なサブユニットワクチンへと移行しており、必然的にアジュバントの重要性も高まっています。
アジュバントは効き目を高める以外にもいくつかのメリットがあります。例えば、ワクチンに含まれる抗原の量やワクチン接種の回数を減らせたり、免疫力の弱い新生児や高齢者への効果を改善したりすることが期待できます。必要な抗原量を少なくすることが出来るため、新型インフルエンザなど世界的な流行が起きて一度に大量のワクチンが必要となったとき、作製できるワクチン数を増やすことが出来ます。さらにアジュバントが安価であれば、抗原量が減るのでワクチンの価格を下げる効果も期待できるのです。
また、昨今のワクチン開発は感染症という対象疾患の枠を超え、がんやアルツハイマー、糖尿病や高血圧の生活習慣病、花粉や食物のアレルギー、自己免疫疾患などの “非感染症”疾患にまで広がりを見せております。しかし、こうした“非感染症”疾患のワクチンのターゲットは免疫反応が誘導できず治療効果が低いのです。そのような場合でも強い免疫反応をおこすことができるアジュバントは、今後のワクチン・免疫療法における“鍵”になると期待されています。
アジュバントとして最もよく知られているものはアルミニウム塩です。1932年にジフテリアワクチンに用いられてから、これまでに百日咳、破傷風、ヒトパピローマウイルス(HPV)、肺炎球菌(PCV13)、B型肝炎など多くのワクチンに使用されております。製造方法が確立しており安価で保存性にも優れていることから、現在でも世界中で最も普及しているアジュバントであります。日本では、最近まで承認されている唯一のタイプのアジュバントでした。そして、1997年に欧州でスクワレン(肝油に含まれる成分)を含んだエマルジョンタイプのアジュバントMF59がインフルエンザワクチンのアジュバントとして用いられるようになりました。
日本でも2009年に多くの人に甚大な影響を及ぼす可能性のあるパンデミックインフルエンザに対するワクチンとして緊急輸入され、特例承認されました。そのほかにも、現在海外ではアルミニウム塩アジュバントの改良型であるAS04、スクアレンアジュバントの改良型であるAS03がそれぞれHPV、インフルエンザワクチンで使用されています。日本でも2013年に承認された2価のHPVワクチンにAS04が含まれており、AS03はMF59と同様にパンデミックインフルエンザに対するワクチンとして特例承認された経緯があります。
免疫学の進歩により現在では科学的根拠に基づいた開発デザインができるようになり、多くの新規アジュバントが報告されています。特に免疫システムを始動させる細胞の異物を認識する部位をターゲットにした新規アジュバントは第二世代のアジュバントと言われ、臨床試験に多く挙がっています。例えば、病原体のセンサーの一つである「Toll様受容体=TLR(Toll-like receptor)」に結合する病原体成分のリポタンパク質やリポ多糖、鞭毛、核酸です。現在、核酸成分のアジュバントが含まれているHBVワクチンはPhaseIII(2018年現在)、鞭毛成分のアジュバントが含まれている季節性インフルエンザはPhaseII(2018年現在)の臨床試験を行っております。そのほか、たくさんの成分が様々な疾患をターゲットに臨床試験が行われております。
さらに、最近では上記のアジュバントを目的の場所・細胞に認識できるようドラックデリバリーシステム(DDS)技術を取り入れたアジュバント物質の開発も盛んです。細胞に似たリン脂質成分からなる微小カプセル(リポソーム)やナノ粒子などの表面上や粒子内にアジュバントを付与することで、より効率的かつ安全に免疫反応を起こすことが可能となり、次世代アジュバントとして期待されています。